解説
●いまだにファンが増え続けるビートルズ
 ギネスブックにも「最も成功を収めたロック・グループ」として認定されているザ・ビートルズ。1970年に解散したにも関わらず、その人気は未だに高い。

 最近、60年代から80年代のクラシックロックが注目を集めているが、それらの企画の担当者に聞くと「その中でもザ・ビートルズは別格」。現役時代を知る世代だけでなく、中高生の新しいファンも増え続けているという。

 解散から30年後の2000年に発売された「ザ・ビートルズ1」は日本でもオリコンチャートで1位を獲得。2001年でもっとも売れた洋楽アルバムにもなった。

 2007年9月に行われたアップルの新製品発表会直前に「iTSでザ・ビートルズの配信される」という噂が流れ話題になった(実際には発表はなかった)。最新ハードウェアの発表でもビートルズの動きに注目が集まる。

●「青の時代」とはビートル後期のこと
 ザ・ビートルズの活動は前期と後期に大きく分けられる。
 デビュー後、ライブを積極的に行い“アイドル”として活躍した1962年から1966年。
 そして、ライブ活動を停止し、レコーディングに専念した1967年から1970年。
 1973年に発売された2枚のベストアルバム『ザ・ビートルズ1962年〜1966年』『ザ・ビートルズ1967年〜1970年』も、この区分に従っている。この2枚はジャケットの色遣いから『赤盤』『青盤』という通称でファンに親しまれており、日本ではこの2枚のベストアルバムからビートルズに入門したというファンたちも多い。

 今回のムックは、ザ・ビートルズがライブ活動を停止し、レコーディングに専念した、『青盤』の時代、1967年から1970年にスポットを当てる。

 ちなみに1967年から1970年に発表されたザ・ビートルズのアルバムは以下の通り。

『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』(1967年)
『マジカル・ミステリー・ツアー』(1967年)
※編集盤
『ザ・ビートルズ(ホワイト・アルバム)』(1968年)
『イエロー・サブマリン』(1969年)
『アビイ・ロード』(1969年)
『レット・イット・ビー』(1970年)


 ビートルズマニアはもちろん、これからビートルズを聴いてみようと考えている初心者にもふさわしい、後期ビートルズのガイドブックだ。


見どころ
PART1  
ビートルズ
「青の時代」の真実


1960年代後半はロックがもっとも輝いていた時代だった。若者たちはロックを通じて、新しい時代の設計図を描き、その実現をめざすための闘いに挑んだ。そんな熱い時代の中心にいたのがビートルズとその音楽だった。ビートルズ後半期の活動と作品を1年ごとに検証するなかで、彼らが歴史のなかではたした役割を浮き彫りにする。

「青の時代」の真実
  PART2  
1967年67の奇跡


ロック史上、最も重要な一枚と評価されてきた『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブバンド』、世界同時中継で演奏された「愛こそはすべて」、そしてMTVの先駆け的存在の映画「マジカル・ミステリー・ツアー」−−67年、ビートルズはまるであたりまえであるかのように奇跡を起こし続けた。

1967年67の奇跡
 
PART3  
1968年新たな挑戦


2枚組の大作『ザ・ビートルズ』(ホワイトアルバム)の発表、そしてアップル・コーの活動開始−−1968年、ビートルズの四人はこれまでの束縛から離れ、自らの考えに従い動き始めた。その挑戦は新たな可能性を生み、同時に、四人に変化をもたらすことになった。

1968年新たな挑戦
  PART4  
史上最大の謎1969を解く


今、ビートルズ自身の手でビートルズの歴史を検証する一大プロジェクトが完結しようとしている。その中で浮き彫りになってきたのは、実質的にビートルズがグループとして活動した最後の年「1969」をめぐる謎だ。ビートルズはなぜ解散したのか。そしてビートルズ伝説はいかにして生まれたのか・・・。それらの謎を解く鍵は1969年に隠されている。

史上最大の謎1969を解く

 
PART51  
1970年終わりの始まり1970年終わりの始まり


「1970年」といえば、アルバム『レット・イット・ビー』を発表しビートルズが解散した年として知られている。だが、この年、四人の音楽活動は以前にも増して活発だった。ジョン、ポール、ジョージ、リンゴの活動や発言を追っていくと、まるで“だまし絵”のようにビートルズの姿が浮かび上がる。1970年、ビートルズは本当に終わっていたのか──



この記事に注目

ビートルズの現代的鑑賞法

ビートルズの現代的鑑賞法ビートルズの名盤を、現在明らかになっている資料や音源など最新データをもとに、1曲1曲、分析していく──それが「現在的鑑賞法」。読みながらビートルズ・ナンバーを聴くと、今まで気づかなかった新しい姿が見えてくる。一部を抜粋して紹介すると……

「ルーシー・イン・ザ・スカイ・ウィズ・ダイアモンズ」
録音は案外手早く、2月28日にリハーサルを行い、3月1日にベーシック・トラックを録音、ベストの第7テイクをリダクションして第8テイク作成。2日にヴォーカル等のオーヴァーダブを行って完了した。モノはヴォーカルがフェーズ処理され、フェイド・アウトのコーラスがステレオよりも少ない回数で消える。また、ステレオのテープ速度はモノより少し速い。(「『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』の現在的鑑賞法」より)

「ヘイ・ブルドッグ」
68年2月11日、ビートルズは発売が間近に迫ったシングル「レディ・マドンナ」のプロモ・クリップを撮影するためEMIスタジオに入った。当初は口パクで「レディ・マドンナ」を演奏する予定だったけれど、ジョンが「時間がもったいない」と、この曲の録音を提案。結果、1日で録音を完了してしまった。ベストは最後に録音された第10テイクで、ここに多くの追加録音がなされた。(『イエロー・サブマリン』の現在的鑑賞法

「マジカル・ミステリー・ツアー」
『ペパー』の制作終了直後の4月25日に録音開始。ベーシック・トラックの第3テイクをリダクションした第8テイクに、26日にコーラスや楽器を追加。27日にはリード・ヴォーカル等を重ね、5月3日にはブラスを入れた。その後11月7日にも追加録音を施して完成。バスのSEはミックス段階で加えられた。モノ/ステレオでは細部がかなり違う。(「『マジカル・ミステリー・ツアー』の現代的鑑賞法」より)

「ヘルター・スケルター」
7月18日、まずはいずれも長い3テイクから録音開始。『アンソロジー3』では、1979年のウイングスの曲「オールド・サイアム・サー」に似たヴォーカルの、スローな第2テイクの短縮版(12分35秒↓4分36秒)が聴ける。さらに長い第3テイクは、27分以上もあった。(「『ザ・ビートルズ(ホワイト・アルバム)』の現在的鑑賞法」より)

「カム・トゥゲザー」
『アンソロジー3』に収録されたテイク1は、「シュッ!」という声が、実は「シュート・ミー」であることがはっきりわかったり、「ルック・アウト!」と叫びながらハードにシャウトする、ノリノリのジョンのヴォーカルが楽しかったり、最後のサビが3連で演奏されているなど、初期段階ならではの試行錯誤の跡が聴ける、盛りだくさんなヴァージョンだ。(「『アビイ・ロード』の現在的鑑賞法」より)

「ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード」
  スペクターがオーケストラを重ねた、荘厳な印象の『レット・イット・ビー』収録テイクが「正規ヴァージョン」。『アンソロジー3』収録のシンプルな演奏がビートルズの「オリジナル」。何か「元祖」と「本家」の争いみたいだ。どちらも、ベーシック・トラックは1月26日収録の同じテイクから作成されている。『ネイキッド』収録版は、映画で使用されたのと同じ1月31日収録の第19テイク。完全な別演奏というだけでなく、サビの歌詞に「never」→「always」という重要な単語の書き換えがあるのが注目される。(「『レット・イット・ビー』の現在的鑑賞法」より)




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